2017.02.21

柳は緑 花は紅

今日は節分です。文字通り季節と季節の分かれ目。日本は四季がありますから、節分も四回あります。中でも本日は冬から春への節目で、新しい年を迎えます。この一年に溜まった邪気を払い新年の幸いを願うと言うことで、平安時代貴族たちの間では「鬼やらい」の行事が始まり、室町時代には庶民の間で「豆まき」が流行したそうです。

明日からは立春、暦のうえでは春になります。自然に目をやると梅の花が香りを放ち、やがて柳が芽を吹き桃が花開きます。宋時代の詩人、蘇東坡(そとうば)はそれを「柳は緑(みどり) 花は紅(くれない) 真面目(しんめんもく)」と表現しました。

幾度か禅の旧跡を参拝するために中国を訪れましたが、杭州西湖辺りの柳は細長い緑の葉をつけた枝が水辺に垂れる、私たちがよく知るものでした。また初夏の北京で見た柳は立柳(たちやなぎ)で、種子が真白い綿に包まれて無数に風に舞い、柳絮(りゅうじょ)と呼ばれる幻想的な姿に出会いました。そしてこの季節、日本で花といえば桜ですが中国では桃の花でしょうか。

私たちは命を授かり等しくこの世に生まれますが、性別や容姿、家族や家庭環境を選ぶことはできません。学力に長けた者、運動能力に恵まれた者、技術力の優れた者、芸術性豊かな者。それぞれに素晴らしい個性を持っていますが、どうしても他の者に目が移り優劣を比較して自分を素直に受け入れることが出来ません。そこに悩みや苦しみが生まれます。

柳は柳として、桃は桃として自然の中で生き生きと葉を茂らせ花を開く。人や物が持っている本来のありさまや姿にはあるがままの美しさがあり、そこに価値があります。自分に備わった個性をしっかりと受け入れ、それを全うする。それが人として大事な徳目、真面目(しんめんもく)だと蘇東坡は言っています。

自分をよく見せようと格好をつけたり背伸びをしなくても、一所懸命その時を生きている人が一番美しいのです。山川草木悉皆成仏(さんせんそうもく しっかいじょうぶつ)と言います。山も川も草も木も、自然の中でしっかり輝いている。それぞれがそのまま仏の姿であり、悟りそのものです。

曹洞宗の開祖道元禅師は更なる仏法を求めて宋の国に渡り、天童如浄禅師の下で4年余の修行の後、禅の悟りを得て帰国されます。ある日、興聖寺建立の上堂(説法)で師は、長い修行の末「ただ眼横鼻直(がんのうびちょく)なることを認得し空手で還ってきた。一毫の仏法も無い」と言われました。眼は横に、鼻は真直ぐについている。柳は緑、花は紅とありのままを受け入れられた時、すべてが光輝いてくるのでしょう。

*2月3日の摩利支尊天ご縁日、節分星祭にて坐禅会ご参加者にお話ししたものです。